大分地方裁判所 昭和23年(行)19号 判決
原告 木村新次郎
被告 大分県農地委員会
一、主 文
大分縣西国東郡呉崎村字上長田千九百八十九番地田一反三畝六歩に対する賣渡計画について原告の爲した訴願に対し被告が昭和二十三年九月六日なした裁決は之を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、請求の趣旨
主文と同趣旨
三、事 実
原告訴訟代理人は其の請求の原因として大分縣西国東郡呉崎村字上長田千九百八十九番田一反三畝六歩の農地(以下本件農地と略称する)は同縣中津市在住の訴外野村仁の所有で原告は昭和三年に右野村から之を賃借し今日迄耕作して居る。ところが西国東郡呉崎村農地委員会は昭和二十二年十月二日自作農創設特別措置法第十六條によつて同二十年十一月二十三日現在の耕作者として訴外西川猛に右農地を賣渡すべきものとして賣渡計画を樹てた。
原告は右農地委員会に同二十一年九月口頭で、又同二十二年二月十五日書面で本件農地買受の申込をして居たので、右賣渡計画に対し異議を申立てたところ否決されたので同二十三年五月二十日被告に訴願したが被告は同二十年十一月二十三日現在の事実に基き同措置法第三條第一項の規定により遡及買收された農地であり且右十一月二十三日当時の耕作者は訴外西川猛であつたから右農地委員会が同法第十六條及同法施行令第十七條第一項第一号に則り右西川を賣渡の相手方としたのは正当であるとして同二十三年九月六日原告の訴願を理由がないとて却下する旨の裁決を爲し裁決書は同月二十四日原告に送達せられた。
然し右裁決は次の理由で違法であるから取消さるべきである。
原告は前記の様に昭和三年以來地主野村から本件農地を賃借耕作して來たが同二十年三月原告は疾病等のため自分で耕作することが出來ないので右野村の了解の下に原告の親族たる訴外平田重吉に、同人は堤防崩壞で耕地を失つたので同人の懇請を容れ本件農地を期間一ケ年即ち同二十年度の稻取上け迄且他人に無断賃貸しないことと定めて一時賃貸したところ右平田は他に適当な耕地を入手したとて原告に無断で同二十年八月本件農地を右西川に賃貸した。それで原告は同八月右平田に対し無断轉貸したことを理由に賃貸借契約を解除する意思を表示した後右平田及び右西川に対し該農地の返還を求めたものである。本件農地に付いては原告が依然として小作権者及耕作権者であり同二十年十一月二十三日当時も同様原告である。
ところが右西川は同二十一年原告を相手に大分地方裁判所中津支部に小作調停を申立て同年六月一日右西川は同二十二年度の稻取上後該農地を原告に返還する旨の調停成立し、其の結果西川は其の履行として右取上後返還し爾來原告が耕作しているのである。原告が同二十年十一月二十三日当時の正当な小作権者として買受け申込をしたことは前述の通りである。從つて本件農地は右措置法第三條第一項により遡及買收されたものであるから適法に買受申込をして居り且正当な小作権者である原告を賣渡の相手方とすべきである。右措置法第六條の二に所謂現況農地として買收を請求し得る小作農とは権源ある耕作者を云うのであつて一時的な耕作者で且不法占拠者を保護する法意ではない。故に原告の許可を受けないばかりか原告の意に反して農耕を強行したる不法占拠者であり且背信行爲者である西川を賣渡の相手方として樹立した賣渡計画は失当である。
殊に西川は前記の様に既に判決と同一効力を有する小作調停の決定に於て同人が本作農地に付ての小作権は完全に抛棄したと見るべき筋合であつて原告との関係では該農地の小作に関する限り現在も將來も原告が小作人であつて西川は遂に耕作の業務を営む小作人の地位にはなり得ないものである。從つて同法施行令第十七條第一項第一号に所謂当該農地につき耕作の業務を営む小作農として保護を受くべき適格者ではない。此の点からも原告を排除して西川を賣渡の相手方とした賣渡計画は適正且妥当な法の運用を誤つて居り違法である。以上の理由によつて被告の裁決は違法であるので本訴に及んだ次第である。原告主張に反する被告の答弁事実を否認すると述べた。(立証省略)
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、其の答弁として原告が本件農地を其の所有者である訴訟野村仁から昭和三年以來賃借して居るが呉崎村農地委員会が同二十二年十月二日原告主張の通り遡及買收して訴外西川猛を賣渡の相手方として賣渡計画を樹てたのに対し原告が異議を申立てたが否決されたので同二十三年五月二十日被告に訴願し被告が同年九月六日原告主張の様な理由で却下の裁決をして裁決書を交付したこと及び原告が適法の買受け申込をした事は之を認める。
一、然し原告は本件農地を同十八年訴外近藤実作に轉貸したが同二十年に親戚の訴外平田重吉が水害により耕地の不足を來たしたため右農地を近藤から不法に取上げ平田に耕作させることにしたが平田は他に適当な耕地を入手したので本件農地を西川に耕作させる様になつたもので原告は同十八年以來本件農地を耕作する意思が全くなかつたものである。
二、本件農地は同二十年十一月二十三日現在の事実に基き遡及買收されたが前述の通り同日現在の耕作者たる西川を賣渡の相手方としてたてた賣渡計画は適法である。
三、原告主張の様に西川の申立に係る小作調停の結果原告が本件農地を同二十二年度稻作收獲後から耕作しているとしても、遡及買收の日即同二十二年十一月二十三日当時の該農地の耕作を営む小作農であつた西川を排除して原告を賣渡の相手方とせねばならぬ理由はない。
四、原告は地主野村の承諾を得て同二十年三月平田に一年の期限で本件農地を一時轉貸したのを平田が原告に無断で西川に耕作させたものであるから西川は不法耕作者であつて右措置法に所謂耕作の業務を営む小作農に該当しないと述べるが、一体右小作農とは現実の耕作者を指すもので轉貸借の場合には賃貸人の承諾の有無に拘らず轉借人を指すのである。小作権者でも轉貸して現実に農地を耕作して居ないときは小作農とは云えない。從つて本件では原告は小作農でないので賣渡の相手方たる適格がない。
五、原告は前述の通り近藤へ小作させたり平田は原告に返還せずに西川へ賃貸したことなどからして一年間の一時賃貸とは云えない。
被告は右以外の原告主張事実は否認する。
以上の理由で西川を相手とした賣渡計画は適法で之を認めた被告の訴願却下の裁決は正当であり、本訴は失当であると述べた。(立証省略)
四、理 由
原告が西国東郡呉崎村字上長田千九百八十九番田一反三畝六歩の本件農地を其の所有者である中津市在住の訴外野村仁から賃借耕作して居ること、呉崎村農地委員会が同二十二年十月二日自作農創設特別措置法第三條第一項により遡及買收し同十六條で同二十年十一月二十三日当時の耕作者として訴外西川猛を賣渡の相手方として賣渡計画を樹立したこと、原告が之に対し適法に異議を申立てたが否決されたので更に同二十三年五月二十日訴願したが被告は同二十年十一月二十三日当時の事実に基き遡及買收した農地であり、且同日当時の該農地に就き耕作の業務を営む小作農は西川猛であつたから呉崎村農地委員会が右措置法第十六條同法施行令第十七條第一項第一号により西川を賣渡の相手方として賣渡計画を樹立したのは正当であるとて同二十三年九月六日原告の訴願を理由がないと却下した裁決を爲し其の裁決書が同月二十四日原告に送達されたこと、及原告が適法に買受け申込をした事は当事者間に爭がない。
次に昭和二十年原告が本件農地を親族の訴外平田重吉に賃貸し更に平田が之を訴外西川猛に賃貸した事は被告の認めるところであるが、証人平田重吉、同金谷義介の各証言に原告本人訊間の結果を綜合すると、原告は同三年から同十八年迄自家で耕作していたが同十五年長男が同十八年には次男が各應召し自分も病気したので管理人金谷義介の承諾を得て同十九年本件農地を期間一ケ年で訴外近藤実作に賃貸し同人は同十九年度の麦作後返還したが病気は依然としてよくならず丁度其の際義弟平田重吉が洪水のため耕地を失つたので同人の願を容れ地主の承諾を得て期間を同二十年度一ケ年間、小作料は自分と地主間との同額とし且原告に無断で他に賃貸しないことの約束で賃貸したところ、同年五月平田は他に適当な小作地を入手したので原告に無断で期間、小作料等は前記と同一で西川に賃貸した事、及右無断賃貸を原告が聞知したので平田及西川に返還を求めたが平田等の願を容れて既に西川が稻苗を植付けていたので返還時期を該稻作收獲済までとしたことを認める。之に反する証人西川猛、同近藤実作の供述は措信しない。其他の被告の挙証では右認定を覆すことは出來ない。又被告は前記の様に原告は近藤等に賃貸したから同十八年以來は本件農地を耕作する意思がないと主張するが前記の事情で賃貸したものであるので耕作の意思は充分あるものと認むべきである。
次に西川猛に遡及買收請求権及賣渡の相手方となり得る適格があるかに付いて案ずるに、右措置法で小作農と云うのは当該農地の現実の耕作者のみを指すものであつて小作権者でも賃借している農地を轉貸して現実に自分で耕作していない場合は小作農とは云えないのが原則であるから轉貸借の場合には轉貸について地主の承諾のないときでも(轉貸人と轉借人間の賃貸契約は有効で一般の無権利者とは異る)現実に耕作している轉借人が小作農である。又右措置法第三條の規定により買收した農地の同法第十六條第一項の規定による賣渡の相手方は原則として買收の時期の小作農であるが遡及買收の場合は昭和二十年十一月二十三日当時の小作農である。そして本件は前記認定の様に地主野村から原告が賃借していた農地を同二十年三月頃平田に、同人は同年五月頃地主又は原告の承諾なしに西川へ順次賃貸した所謂再轉貸の場合であるが小作農に付いては轉貸借のときと同様に解し再轉借人を小作農と云うべきであるから同二十年十一月二十三日当時の現実の耕作者が一應は遡及買收請求権者であり且賣渡の相手方としての適格者と云えるのである。
而して本件は前記認定の様に原告は自分の病気及子供等の應召で自ら耕作する事が出來ずに平田の窮状もあり一ケ年の短期間で同人に賃貸し平田も同一條件で西川に賃貸したもので原告は近く耕作の可能性あり且耕作は相当と認めらる(原告本人訊問の結果と平田の証言を綜合して)のであるから右措置法第五條第六号の法意から類推して原告を賣渡の相手方とするのが正当である。
從つて爾余の爭点の判断を俟たずに呉崎村農地委員会が樹てた西川を相手方とした賣渡計画は失当でこれを維持し原告の訴願を却下した被告の裁決も亦失当であり原告の本訴は理由があるので之を認容する。訴訟費用に付き民事訴訟法第八十九條を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 仲地唯旺 木本楢雄 尾崎力男)